2013年02月13日

今日は風適法の誕生日

昭和59年8月14日、それまでの「風俗営業取締法」を「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」へと変更する改正法案が成立し、翌昭和60年2月13日に試行されました。
つまり、28年前の今日、新しい風営法が施行されたわけで、ある意味では新風営法28歳の誕生日とも言えます。

私は通常「風営法」という言葉を使いますが、この改正を境に略称として「風適法」とか「風営適正化法」とも言われるようになりました。

「適正化」という字についてはいろいろな考え方がありえます。
もともとは風俗営業を「取締る法律」という色合いが濃かったところを、「適正化をはかる」制度へ、つまり「処罰よりも指導」へと制度の重心をを変えたことは大きな方向転換だったと思います。

しかし、警察庁発出の文書を見る限りでは現在でも「風適法」とか「風営適正化法」といった略称は使われておらず、一貫して「風営法」が使われています。

風営法は昭和23年に制定された当時から現在に至るまで、改正はあれどもひとつの法律として存続してきました。
「適正化」という文字にこだわるのであれば、昭和60年以前の風営法は「風営取締法」とでも言いましょうが、新旧いずれも「風営」という部分は共通しているわけです。

「適正化」というニュアンスの有無を重く見るか見ないかという視点が略称の使い方に影響しているのでしょう。
しょせんは略称ですから、どのような言葉を使うおうとも使う人の自由ですが、新風営法の誕生日にあたってフトそんなことを考えてしまいました。

posted by 風営法担当 at 13:22 | 風営法一般

2013年02月08日

今を見るか、未来を見るか

(メールマガジン法務コンシェルジュ2012年7月4日号掲載)

夏バテのせいでしょうか、事件や事故のネタに興味がわかないので、今回は気分を変えて歴史の話題にしてみます。
先月、エリザベス女王の即位60周年記念祝典のニュースを見て、ふと思い出したことです。

旧日本海軍の駆逐艦の艦長に工藤俊作という人がいまして、太平洋戦争中の1942年3月、日本と英国との間で戦われた「スラバヤ沖海戦」の際に、撃沈された英国軍艦の漂流乗組員422名を救助したという話です。

敵兵の救助自体は珍しくもありませんせんが、潜水艦の魚雷に狙われるリスクが高い状況で、わざわざ停船させての救助活動は勇気が必要な決断でした。
そんな無駄なことをする暇があったら敵をやっつけろ、というのが常識でしょう。
この話が歴史の波間に消えて56年後の1998年。

昭和天皇の英国訪問の際、英国では戦時中の捕虜の扱いなどで反日感情が再燃しだしていました。天皇のパレードの際に、戦中に捕虜となった人々がわざと背中を向けて並び立つ姿が報道され、日英の経済関係の悪化も懸念されました。

そんな折、タイムズ紙に掲載された一通の投書が話題になりました。
元海軍士官によって、冒頭の救助活動の話が紹介され、当時の反日的ムードを和らげたのです。工藤艦長が、救助した英国人達に告げた第一声は次のようなものだったそうです。
「貴官らは日本帝国海軍の名誉あるゲストである」

さて、この話をどのように料理しましょう。
私にとっては、「人道主義」とか「武士道精神」とかいうオチでは面白くないのです。
工藤艦長の行動は、その人なりの冷徹なリスク判断の結果だったのではないかと。
なぜならこの人物について、戦時中のこんなエピソードが残っているからです。

ある日、見張り員が流木を潜水艦の潜望鏡と間違えて報告しました。
全員がいっせいに戦闘配置に付くわけですから、間違いだとわかった後で、見張り員への周囲の目線がいかに厳しいものとなるかは容易に想像できます。当時の軍隊で兵がミスをすれば、鉄拳制裁が当たり前です。

ところが工藤艦長から呼び出された見張り員は、相当キツイお叱りを受けると思っていたところ、その注意力をほめられたそうです。
間違いを恐れずに思ったことを報告するのが見張り員の役目ですから、この場では褒めるのが確かに正解です。

しかし200人の部下を持つ艦長が、作戦行動中にわざわざ一兵員を呼び出して褒めるということは、よほど深い配慮があってのことです。
東電の事故でも露呈しているように、間違いを恐れずにリスクを指摘させることが、組織管理者にとっていかに重要であり困難であることか。

私には、冒頭の救助のエピソードも、冷静なリスク判断の結果だったのではないかと思えます。
今を見るか、未来を見るか、という目線の違いが、ギリギリのところで判断を分けたのではないかと。

救助活動は戦時の常識においては「単なるムダ」であったという評価かもしれません。
しかし、政府の一員である一艦長の行動が、今でも日本政府に対する国際的な評価にささやかながら影響を及ぼしているのです。
この話は救助された英国海軍士官が書いた一冊の本に記されています。

「この本を私の人生に運を与えてくれた家族、そして私を救ってくれた日本帝国海軍中佐、工藤俊作に捧げます。」
サー・サミュエル・フォール著 「マイ・ラッキー・ライフ」
posted by 風営法担当 at 00:00 | 歴史チャンネル

2013年02月05日

役員変更の登記をしたら裁判所から過料の通知が来たのですが

こたえ (プレイグラフ2012年4月号「法務相談カルテ」にて)

 会社などの法人において登記を行う必要のある一定の事実が発生した場合には、法人の代表者は必要に応じてその事実について登記を行う義務があります。
 
 登記とは法人の戸籍のようなもので、その法人の本店所在地を管轄する法務局で一定の情報が登録されています。
 人間の戸籍の場合と同様に、商号(会社の名称)、本店所在地(本籍みたいなもの)、設立年月日(法人の生年月日)などの基本情報が管理されているほか、会社の目的や株式に関すること、役員の就任日や退任日、住所氏名等も登録されており、これらの情報は誰でも閲覧することができます。

 つまり登記された情報は世間に公表されており、これを確認することで、その法人がどのような法人なのか、ということを知ることができますから、古い情報をそのままにしておいたり、嘘の情報を登記したりすることはできません。
 よって、登記されている情報が古くなった場合には、速やかに変更登記などを行って正しい情報を登録させる必要があります。
 
 ご質問では、役員変更の登記をされたとのお話ですが、役員の就任または退任、再選任、住所氏名の変更など、役員に関する一定の事実が発生した場合は、本店の所在地においては2週間以内、支店の所在地においては3週間以内に、管轄の法務局に対して変更登記の申請をしなければなりません。

 この期間内に登記申請を行わなかった法人の代表者に対しては、100万円以下の過料の制裁が予定されています。
 過料というのは、法律に違反したときに科される制裁の一種です。
 過料は一定額の金銭を徴収する制裁で、会社法という法律に定められています。登記すべき期間に間に合わなかった場合の全てが過料の対象となるわけではなく、処分の基準があるわけでもありませんが、登記を怠っていた期間が長くなるほど、過料を受ける可能性が高くなり、また過料の額も高くなる傾向があります。

 法律上は100万円が最高額ですが、実際には数万円程度の金額となる場合がほとんどです。
 過料は、登記申請が登記期間に間に合わなかった法人があることを知った登記官から、裁判所にその事実が通知され、裁判所の判断で過料の額を決定し、裁判所から当該法人の代表者個人に対し通知されます。
 この通知は登記の申請後数ヶ月が経過する頃に届くことが多いようです。

 裁判所から通知書が届いたときは、通知書に記載されている過料の金額を会社の代表者個人が納付しなければいけません。法人ではなく代表者個人が負担すべきものですので、法人の経費として支出することはできません。

 過料のことを罰金と誤解されることが多いですが、過料は刑事罰ではなく行政罰ですので、代表者に前科はつきません。
 また、刑事罰には主なものとして、死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留、科料などがありますが、ここで言う刑事罰の一種である「科料」と、「過料」は別のものです。読み方が同じなので、こちらも誤解されやすいです。

 科料は1000円以上1万円未満の金銭を徴収される刑事罰であり、いわゆる前科として扱われる制裁ですが、過料は刑事罰ではなく行政罰ですので、過料の制裁を受けても前科は残りませんし、一般的に刑事裁判のような手続もありません。

 刑罰を科されたわけではないので、過料の決定についてひどく心配する必要はありませんが、通知の内容や理由に不服がある場合は、その通知を受けてから1週間以内に即時抗告という裁判手続を行うことができ、一時的に執行を停止させることができます。もし過料を支払わないでいると、検察官によって差し押さえなどの強制執行を受ける恐れがあります。

 役員には法律上の任期に制限がありますので、一定期間中に必ず登記を行う必要がありますが、任期が切れていることに気がつかないで変更登記を忘れてしまうことがしばしばあります。特に役員の任期が長い場合には油断しやすいので注意していただきたいです。


のぞみ総研 総合法務担当 今村
posted by 風営法担当 at 00:00 | 法務相談カルテ