2011年11月28日

指示処分違反で取りつぶされた大名

http://fuei.sblo.jp/article/48785158.html

以前に、「無承認変更で取りつぶされた大名」という話をアップしました。↑
江戸初期の大名、福島正則の話ですが、その後書物で目にしたところでは、無承認変更でいきなり転封されたのではないようです。

曰く、無断の修理について幕府からとがめられた際、正則がすぐに
「これは雨漏りの修理でした」
と言い訳したのだそうです。

謝罪がうまくいったためか、幕府からは「無断で変更(修理ですが)した部分を壊して元に戻せばお咎め無し」という処分が出たそうです。
いわゆる「指示処分」ですね。
例えるなら、無承認で遊技機に取付けた不正対策部品をすぐに取り外せと指示されたようなものです。

ところが福島家では、本丸の修理部分は壊したけれど、二の丸と三の丸の修理部分は壊さなかったことが発覚し、破却不十分ということで幕府の怒りを買ってしまいました。
つまり、「指示処分違反」ということです。

その他にも、息子を江戸へ人質として送る手配が遅れたり、その弁明をしなかったりと、小さなミスが積み重なっていたようで、そういった経緯の結果として50万石から4万5千石への転封処分に至ったと言うことです。

正則が死去した際には、検屍のために派遣された幕府役人が到着する前に死体を火葬してしまい、これが当時は法令違反だったため、これを理由に残った領地も没収され、その子孫は旗本の身分に転落してしまいました。

手続を軽んじたうえに、日頃から幕府の機嫌を損ねるミスが重なった結果です。
もともと豊臣系の大名は存続が難しい時代だったわけですが、そんな状況でのこういったミスは自殺行為だったというわけです。
時代が読めていなかったのかもしれません。
余談ですが、福島家の無承認変更を幕府にチクったのは、お隣の毛利家だったそうです。
今も昔も同じだなあと思うのは、私だけでしょうか。。。

posted by 風営法担当 at 14:39 | 類似ラブホテル関係